こすぎのどくしょかんそーぶん

こすぎさん(@kosugi4624)が読んだ本の感想とか書きます

滅びの季節に《花》と《獣》は〈上〉

 

二年前、『血翼王亡命譚』というライトノベルが発売されました。

血翼王亡命譚I ―祈刀のアルナ― (電撃文庫)

dengekibunko.jp

第22回電撃小説大賞「銀賞」受賞作という肩書きで世に送り出されたこの本は、テーマ・ジャンルがその時のライトノベル読者層の好む、流行りジャンルとかけ離れていたこともあり、年内に発売された3巻で打ち切りになりました。

 

タイトルからしてファンタジー戦記ものという印象が強いので、おそらく本を読む前から、書店で手にとられた回数すら少なかったのではないかと思います。

 

しかしこのライトノベル、読んだ方の評価が非常に高いのです。

練り込まれた世界観、ファンタジー世界としてのあるための現実との違い、異能の設定。引き込まれる文章、ストーリー。この作品は銀賞でしたが、個人的にはこの年の電撃小説大賞受賞作の中では一番面白かったと思います。

 

そんな作者の新作が、前作の完結から1年と数ヶ月経った先月の電撃文庫の新刊で登場しました。

それが、『滅びの季節に《花》と《獣》は〈上〉』です。

 

滅びの季節に《花》と《獣》は  〈上〉 (電撃文庫)

 

恋に堕ちたのは哀しき獣と聖女の心を持つ奴隷。
ひとつの嘘が、異形なる恋物語を紡ぎ出す。

 幾多の滅びを乗り越えて栄える花の街スラガヤ。そこで人は等しく奴隷として生き、奇蹟の操り手《大獣》に仕えることが定められていた。街にあだなす鋼の虫――《天子》との戦が続くある冬に、その恋物語は花開く。
 人間を貪り食うという伝承を持ち、人々に畏怖されながら郊外の廃墟に居を構える美しき大獣、《貪食の君》。
 全身に刻まれた《銀紋》によって幼い姿のまま成長が止まり、奴隷市場で売れ残った天真爛漫な少女、クロア。
 偶然と嘘から結ばれた二人の関係は、一つ屋根の下でぎこちなく、しかし確かな情愛をもって育まれていく。愛しき日々は、やがて戦場に奇蹟を起こし……。

(公式サイトに載っているあらすじです)

 

今回もファンタジーになっています。

大まかなあらすじは公式サイトに載っている通り。

 

 

舞台となるスラガヤという街は、巨大な花の中にあり、そこには街の中心に《地胚》という銀の柱があり、これを大獣の力によって街の至る所に《銀線》という線で供給し、人間は自身の体に人工的に銀線を刻んだ《銀紋》というものを刻み、これを《銀線》とあわせることで水を出したり火を出したりといった奇蹟の力を使うことができるようになります。

電線のようなものですね。

 

花の中にある軌跡の力というと、蜜を想像しますし、蜜といればそれに集まる虫が想像されます。

冬の季節になると、太陽から遣わされる巨大な虫「天子」が現れ、《地胚》の力を吸おうと街に襲い掛かります。これを街を管理する大獣と、彼らの奴隷である人間の兵士が撃退しています。

撃退といっても日に日に押されており、スラガヤという街は着実に滅びへの道を歩んでいます。

そんな世界を舞台とした、ファンタジー小説です。

 

前作と一番違うところは、若干戦記寄りだったストーリーを、今回は少女マンガ感のあるラブコメに変えてきたところです。恋をするのは人間の少女と大獣《貪食の君》。

《貪食の君》は大獣であることを隠し、人間の男の子「ガファル」として人間に混じって生活をしている時に、人間の少女「クロア」に出会い、彼女に興味を持ちます。

そしてあらすじに書いてあるように、偶然と嘘から結ばれた二人の物語が動き出します。

 

ひとつの街を舞台に、支配者たる大獣と、大獣に使役される人間、そして奇蹟の力《地胚》、その《地胚》を狙う天子という大きく分けて4つの要素で構成されている本作は、恋をする二人の周りで、様々な立場の感情が動き回り、二人の手が届かないところで世界が動いていきます。

 

不器用で、純粋で、ぎこちない二人の間には、時間をかけてゆっくりと情愛の感情が育っていき、滅んでいく街と人々の感情と対比すると一際輝いてみえます。

練り込まれた設定、世界観に圧倒される気もしますが、作品の中心はとても真っ直ぐな、「愛」の想いです。

作品の受け手側が読んでいて少し恥ずかしくなるような、純粋な想いが詰まっています。

そしてそんな純粋な、真っ直ぐな想いが溢れているからこそ、話が進むにつれて、逃れられない滅びへの運命に、自分たちの手が届かないところにある世界に翻弄されるも、そこから逃げようとしない二人から目を背けることができません。

 

 

既に書いていますが、新八角先生の世界の作り込み、文章の巧さは前作でも評価されており、今回はより練り込まれた印象があります。

上下巻に分かれており、上巻のみでも楽しめます!と宣伝されていますが、説明されてない部分がかなり多いので、世界を楽しむためには下巻が必須だと思います。話自体は、完結はしていませんが、上巻だけでも楽しめるものにはなっていると思います。

下巻の発売は4月予定になっており、下巻が発売したときに一緒に買えばいいや~と思われがちですが、レーベルは天下の電撃文庫なので、新刊時期に売れていないと小さな書店では既刊取り扱いをしなくなるかもしれませんし、下巻の入荷自体がないかもしれません。上巻は、新刊時期である今、是非買っておいていただきたいですね(今週末には新刊が出てしまいますが)

 

多数の新作ライトノベルが発売されている中で、一際引き込まれる世界で繰り広げられる人と獣による愛と滅びの物語。今年はまだ始まったばかりですが、間違いなく2018年を代表する一冊になると思います。

ライトノベル人気は低迷してきたと言われている昨今ですが、書店の一角で美しく咲き誇る花を、ぼくは見ました。